悪夢の花(その1)
「あれは・・・誰だ?」

誰かが10本の花の束を手にして、僕の目の前に立って
いる。その顔には見覚えがある様で、思い当たらない。
少女の様にも見えて、そうでもない様にも見える。

そして僕の足は、その花の香りに引き寄せられるかの様
に、勝手にそいつの元へ歩き出した。するとそいつが正
体を現した。

・・・悪魔だ。悪魔が微笑んでいる・・・身も心も凍り
付きそうな程に冷たい微笑み・・・。悪魔は僕に花束を
手渡した。僕は、何者かに操られたかの様に、無抵抗の
ままそれを受け取った。

その瞬間花は枯れ落ち、言い様のない虚無感が僕を襲っ
た。まるで、全身の生気を奪われたかの様だった。

しばらくして立ち直り、顔を上げた僕の目の前には、再
び10本の花の束を手にした悪魔が、冷たい笑みを浮か
べて立っている。僕の足は、再びその花の香りに引き寄
せられ、そして花束を手渡された。一つとして逆らえな
かった。そしてその花は再び枯れ落ち、再び僕は虚無感
に襲われた。絶望感と言ってもいいだろうか。

気が付くと、またも10本の花の束を手にした悪魔がそ
こにいた。そして僕は花の香りに引き寄せられ、そして
また花束を手渡される・・・永遠とも思える時の中で、
それは絶え間なく何度も繰り返された。

あまりの恐怖に耐え切れなくなった僕は、ついに悲鳴を
上げた。

「やめろ、やめてくれ・・・やめてくれえええっ!!」




絶叫と共に、僕は目を覚ました。また例の悪夢だ。これ
で何度目の夢見になるだろうか・・・。

僕の名はミント。「不思議の花園」と呼ばれる地にある
一軒家で、訳あって一人暮らしをしている。ここに住み
始めてから3年近くになるが、これまでは特に何事もな
く、平穏無事な毎日を過ごしていた。しかしここ最近、
毎晩の様に同じ悪夢を見る。一体何故・・・?単なる偶
然なのだろうか?それとも、後に起こる悲劇の前触れな
のだろうか・・・?

あまり深く考えない様にしよう。今日は、恋人のコッコ
との久々のデートの日だ。こんな日に、悪夢の事をあれ
これ考えるなんてどうかしてる。楽しい一日にする為に
も、今日は悪夢の事は忘れよう・・・。僕は窓を開け、
外の空気を思いきり吸い込んだ。

僕は外の景色を眺めた。辺り一面に咲き乱れる花々、そ
れに群がるミツバチ、そして何故か数多く生息している
熊・・・いつもと変わらぬ風景だった。この辺りの熊は
よそ者を嫌うらしく、僕以外の人間には容赦なく襲いか
かってくる。しかし、何故か僕には妙になついている。
いつしか僕は、この熊達を「ヤンピー」と呼ぶ様になっ
ていた。名前の由来はよく覚えていないのだが、何故か
妙に親しみの湧く名前なので、我ながら気に入っている
呼び名だ。

僕はヤンピーに挨拶をした。毎朝の日課だ。

「おはようヤンピー!今日もいい天気だね!」

するとヤンピー達が集まってきた。朝食をねだっている
のだ。僕はいつもの様に、ハチミツ入りのツボを差し出
した。ハチミツは、ヤンピー達の大好物なのだ。

僕は、ハチミツを美味しそうに舐めているヤンピー達を
ボンヤリ眺めていた。いつもと同じ、平和な朝だった。




コッコとの約束の時間が迫ってきたので、僕は身支度を
始めた。すると突然呼び鈴が鳴った。

ピンポーン

「え・・・?だ、誰だ?」

実はここに住み始めて以来、来客は殆どなかった。何し
ろ家の周りにはヤンピーがいて、他人が下手に近付こう
ものなら襲われるからだ。恋人のコッコですら、今まで
一度も家に遊びに来た事がないのだ。そんな我が家の呼
び鈴が鳴ったのである。こんな事は何ヶ月ぶりであろう
か。

僕はいささか緊張しつつドアを開けた。すると、そこに
はコッコと同じくらいの年頃の女の子が、花束を持って
立っていた。

「ミント君!」

女の子は、僕の顔を見るなり僕の名を叫んだ。全く見覚
えのない女の子に自分の名前をいきなり呼ばれ、僕は動
揺した。

「え、あ・・・え〜っと、君誰?」
「あたしパプリ!よろしくね!」

屈託のない笑顔で大声で答えられ、僕は圧倒された。パ
プリと名乗るその女の子は、持っていた花束を差し出し
た。

「ミント君、これ・・・プレゼント!」
「え?ちょ、ちょっと!」

パプリは、押しつける様に花束を僕に渡すと、恥じらい
の表情のまま去っていった。

満開の赤い花10本の束・・・正直言って、男の僕が花
束を貰ってもあまり嬉しくはない。しかし、女の子から
のプレゼント自体は悪い気はしない。取り敢えず、と僕
はその花を花瓶に生けた。

ふと、何気なく花瓶の花を確認した。妙に見覚えのある
花だった。僕は即座に思い出す事が出来た。表の花園に
咲いている花と同じなのだ。恐らく、この辺の花を摘ん
だのであろう。

しかし、花園にがヤンピーがいる。ノンキに花摘みなど
していたら確実に襲われる。そもそも、パプリが家に来
れた事自体妙なのだ。一体どうやってここに・・・?

しかし、窓から外を見渡し、所々に落ちているツボを発
見する事で謎は解けた。間違いない。あのツボの中には
ハチミツが入っていて、それを使ってヤンピーをお引き
寄せて、その隙に花摘みをしたのだ。それならば、僕の
家に来れた事も納得出来る。

だが、それ以前に根本的な謎がある。一体彼女は、どう
やって僕の事を知ったのだろうか?こんな辺鄙な、来客
すら滅多にない場所に住んでいる僕の事を。しかも、ヤ
ンピーがハチミツ好きだという事も知っている様だ。何
故だろう?もしかしたら、コッコの知り合いなのかも知
れない。僕は、コッコに会った時に、彼女について確か
めてみる事にした。

そろそろ時間だ。僕は身支度を終え、出掛けようと玄関
のドアノブに手をかけた。しかしその瞬間、

「・・・?」

僕は違和感を覚えた。軽い目眩、妙な倦怠感、そして次
第に体から力が抜け、意識も遠のいていった。

「あ、あれ・・・おかしい・・・な・・・。何か・・・
フラフラ・・・コッコとの・・・やく・・・そく・・・
が・・・。」

僕は、その場に倒れ込んでしまった。

(その2へ続く)



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