悪夢の花(その2)
「あれは・・・誰だ?」

誰かが10本の花の束を手にして、僕の目の前に立って
いる。

「そうだ、あれは・・・悪魔だ・・・。」

微笑んでいる。いつもの様に微笑んでいる。そしてあの
花の香り・・・引き寄せられる・・・駄目だ。このまま
また誘惑に負けてしまっては・・・しかし、わかってい
てもやはり抗えない。結局僕は引き寄せられ、花を手渡
される。悪魔はやはり微笑んでいる。そしてやはり、ど
こか見覚えのある顔・・・誰だ?思い出せない・・・。
そしてまた花は枯れ落ちる。そしてまた花束を手渡され
る。それはやはり何度も繰り返される。永遠とも思える
時の中で・・・。

「助けてくれ・・・お願いだ・・・うわああああ!!」




絶叫と共に僕は目を覚ました。またあの悪夢だった。全
身に嫌な汗をかいていた。寝覚めは全く良くない。意識
もまだ白濁としている。だが、次第に自分が寝室で寝て
いなかった事に気付く。そして、寝ていた場所が玄関で
あった事もようやく理解した。

「そうか、あの時・・・。」

やっと全ての事を思い出した。出かける直前に倒れ込ん
でしまったのだ。そして、既に翌日の朝を迎えていた。

「し、しまった・・・コッコ!」

デートに行けなかった事を思い出したその瞬間、

ピリリリリ、ピリリリリ・・・

電話のコール音が鳴り響いた。恐る恐る電話に出ると、
案の定怒り心頭のコッコの怒鳴り声が僕の耳を襲った。

「ミント君!どうして来てくれなかったの!?わたし、
ずっと待ってたのに!!」
「ご、ごめんよコッコ。どうしても行けない事情があっ
て・・・。」
「だったら連絡ぐらいしてよ!もう!信じられない!」

その後延々とコッコの説教が続いた。僕はただ、ひたす
ら平謝りするばかりであった。

コッコとの長電話中に、僕はふと思い出した。そうだ、
あのパプリとかいう女の子の事を確かめなければ。僕は
話を切り出した。

「ね、ねえコッコ。話は変わるんだけどさ。」
「何よ!?誤魔化す気!?全く、ミント君っていつもそ
うよね。この前のデートの時も・・・。」
「わわわわ、落ち着いて聞いてよ。あのさ、君の知り合
いに、パプリって女の子、いない?」
「パプリ・・・?誰それ?知らないわ。」
「え・・・あ、そう。それならいいんだ。」
「何よ。ひょっとしてその子に迫られたの!?」
「な・・・そ、そんな事は・・・。」

何故かこういう時のコッコのカンは妙に鋭い。

「まさか、逆にミント君が口説いた訳じゃないでしょう
ね?私と付き合っていながら・・・。」
「バ・・・そ、そんな事しないよ!!」

どうやらコッコはパプリの知り合いではないらしい。嫉
妬深いコッコにこれ以上パプリの話を持ちかけるのは危
険と判断した僕は、適当に話をはぐらかせた。

結局今日改めてデートをするという方向で話を纏め、待
ち合わせ時間を決めた所で電話を切った。

「ふ〜〜〜〜〜〜・・・・」

ヤレヤレとばかりに、僕は大きく息を吐き、リビングの
ソファに腰を下ろした。漸く気を落ち着かせる事が出来
た。

ふと、そんな僕の鼻腔をくすぐる香りがある事に気付い
た。それは、花瓶に生けておいたパプリから貰った花か
ら漂ってくる香りだった。普段家の周りに咲いている花
の筈なのに、その香りはとても心地よく感じられた。い
つしか僕は、その香りの虜になっていた。

「ああ・・・なんて素敵な香りなんだ・・・。」

恍惚とした表情で、僕はそう呟いた。この心地よい香り
にいつまでも包まれていたい、そう思っていた。

「パプリ、か・・・不思議な娘だな・・・。」

僕は花瓶に生けた赤い花に、パプリの面影を見た。彼女
はまた家に来るのだろうか?もし来たら、今度はもう少
し落ち着いて話をしてみたいな、と思っていた。

だが次の瞬間、僕は異様な光景を目の当たりにした。花
瓶に生けた花が、突然凄い勢いで枯れ始めたのだ。

「な・・・何・・・!?」

真っ赤な花びらはみるみる赤茶けた色に変化し、バリバ
リと音を立てて崩れ落ち、葉は次々と萎れて行き、遂に
は茎までがポキリと折れてしまった。

「ああ・・・花が・・・花がぁ・・・。」

陶酔しきっていた僕にとって、それは大き過ぎる衝撃で
あった。僕は、言い様のない絶望感に襲われた。

ピンポーン

その時、呼び鈴が鳴った。滅多に来客のない家の呼び鈴
が2日連続で鳴った。また来たのか・・・?僕はいささ
か緊張しつつドアを開けた。するとそこには案の定、花
束を持ったパプリの姿があった。

「ミント君こんにちは!また来たよ!」

いきなり大声で挨拶され、僕はやはり圧倒された。

「や、やあパプリ、こんにちは。」

僕がそう挨拶を返すよりも早く、パプリは持っていた花
束を差し出していた。

「ミント君、これ・・・プレゼント!」
「わ・・・あ、ありがとう。」

パプリは、押しつける様に花束を僕に渡した。よく見る
と、花の色は赤ではなく紫だった。やはりこの花園で摘
んだ花なのだろう。実はこの花園の花は、僅か1日で全
く違う色の花に全て生え変わるという、他の花園では決
して見られない奇妙な現象が起こる。これが、この花園
が「不思議の花園」と呼ばれる所以である。

「ね、ねえパプリ。君はどうして僕の事を・・・。」
「じゃあねミント君!また来るよ!」
「え?ちょ、ちょっとパプ・・・」

パプリは、僕の質問が終わらない内に去っていった。慌
てて追いかけようとしたが、玄関を出た時には既にパプ
リの姿はなかった。

結局今日もまともに会話すら出来なかった。しかしパプ
リは「また来る」と言っていたのだから、次の機会には
是非とも、と、紫の花を花瓶に生けながら僕は思った。

ただ、パプリが帰り際に見せた笑顔が、最初に来た時に
見せた屈託のない笑顔ではなく、妙に冷たく感じる微笑
みに思えた事が少し気になった。多分気のせいだろうと
僕は自分自身に言い聞かせた。

「おっと、そろそろ時間だ。今日こそは行かないと。」

コッコとの待ち合わせの時間が迫っていた。僕は身支度
を整え、出かけようと玄関のドアノブに手をかけた。し
かしその瞬間、

「・・・?」

僕は再び違和感を覚えた。目眩、倦怠感、脱力感・・・
全て昨日の物と同じ感覚であった。そして、間もなく意
識も遠のいていった。

「あ・・・また・・・。だ、駄目だ・・・ここで・・・
倒れ・・・今日こそ・・・コッコに・・・コッコ・・・
うう・・・。」

僕は、再び倒れ込んでしまった。

(その3へ続く)



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