悪夢の花(その3)
「あれは・・・誰だ?」

誰かが10本の花の束を手にして、僕の目の前に立って
いる。

「また・・・悪魔か・・・?」

冷たい微笑、魂すら奪わんとする花の香り・・・何度も
見る悪夢ながら見慣れる事は決してなく、今回も新たな
恐怖を感じていた。そしてまた、無抵抗のまま悪夢の花
を手渡される・・・。

だが、今回は何処か感覚が違っていた。これまで悪夢の
中では意識が呆然としていたが、今回に限って意外にも
ハッキリしているのだ。

僕は手渡された花束と、微笑んでいる悪魔の顔を見た。
どこかて嗅いだ覚えのある香り、どこかで見覚えのある
顔。そう、どこかで・・・記憶を辿っている内に花はま
た枯れ落ちた。だがその瞬間、ようやく僕は思い出す事
が出来た。

「この香り・・・この微笑み・・・もしや・・・もしや
君はパ・・・!!」

見ると悪魔は、これまで見た事がない程の冷たい微笑を
浮かべていた。僕は言葉を続けようとしたが、恐怖のあ
まり声が出なかった。

すると、これまで一言も喋らなかった悪魔が、ゆっくり
と口を開いた。

「ウフフ・・・ヤット・・・ヤットキヅイテ・・・クレ
タノネ・・・ミントクン・・・ウフフフフフ・・・。」

頂点に達した恐怖感は、僕に絶叫を吐き出させた。

「あ・・・あ・・・あ・・・うああああああああ!!」




恐怖から逃れるかの様に僕は目を覚ました。全身に汗を
かき、やはり寝覚めは全く良くない。そして、玄関で倒
れ込んだまま翌日の朝を迎えていた事の昨日と同様だっ
た。ただ、悪夢の元凶をハッキリ認識している事だけは
それまでと違っていた。

「まさか・・・まさかあの悪夢の正体が・・・。」

その事実を思い返そうとした時、

ピリリリリ、ピリリリリ・・・

電話のコール音が鳴り響いた。それを聴き、結局昨日も
コッコとの約束を破ってしまった事を思い出した。僕は
受話器を取った。

「ミント君・・・また来なかったわね・・・どういうつ
もり?」

昨日の電話とは正反対に、静かな第一声だった。だが、
昨日とは比較にならない程の怒りを込めた声である事は
鈍感な僕でも十分判った。

「コッコ・・・ごめん・・・本当にごめん・・・。」

僕にはもう、それしか言えなかった。するとコッコは、
せきを切るかの様に怒りの言葉を叫び始めた。

「謝って済む事なの!?2日連続よ!!どうして来てく
れないの!?連絡一つ無いし、こっちから電話しても出
ないし!!もう、いい加減にしてよ!!」

その後延々とコッコの説教が続いた。昨日の僕はひたす
ら平謝りだったが、流石に今日は詫びる文句も取り繕う
術も思い浮かばず、言葉に詰まっていた。

「どうしたのよ!?何故黙っているのよ!?何とか言い
なさいよ!!」

そして案の定、それをコッコに指摘された。仕方なく僕
は、倒れた事を正直に告白しようとした。

「実は・・・。」

しかし、何故か言葉が出ない。話そうとすると何者かが
それを阻止するかの様な、不気味な恐怖感を感じて何も
言えないのだ。

「何よ。何も言えないの?どうせもっともらしい言い訳
が思い浮かばないんでしょ!?」
「な、何言ってるんだ、そうじゃないよ!」

ますます怒りの声を上げるコッコを宥める為に、僕は必
死で説明しようとした。しかし、やはりどうしても話す
事が出来なかった。なかなか話が進まず苛立ち気味だっ
たコッコは、ついにこう切り出した。

「わかった。昨日話してたパプリって娘と逢ってたんで
しょ?かわいらしい娘なんでしょ?パプ・・・。」
「パ、パプリは関係ない!!」

パプリの名前を聞いた瞬間、甦る悪夢の恐怖感から逃れ
ようと、僕は思わず声を上げた。するとコッコは、涙声
交じりに答えた。

「な、何よ・・・何も、何も怒鳴らなくてもいいじゃな
いの・・・。もういい、今ので良くわかったわよ。図星
だったんでしょ・・・?」

電話口の向こうから嗚咽が聞こえた。僕は慌てて否定し
た。

「ち、違うよ。ごめん、誤解だってば・・・。」
「もういい・・・もういいわよ・・・。」

コッコはすすり泣きながら、消えそうな声で何度もそう
言った。もう、僕の声は聞こえていないらしい。僕はひ
たすら謝り続け、泣き止むのを待った。こうなってしま
うと、もはやそれ以上どうしようも無かった。

しばらくして、コっこはようやく落ち着いて来た様だ。
僕の話す言葉にも頷いて、どうにかパプリの事は誤解で
ある事はわかって貰えた様だった。そこで僕は改めて、
デートに行けなかった本当の理由を話そうと試みた。

その時ふと、何気なくパプリに貰った花を生けた花瓶に
目を向けた。そこで僕は、再び異様な光景を目の当たり
にする事となった。花瓶に生けた花が、またもや凄い勢
いで枯れ始めたのだ。

「え・・・何・・・ま、また・・・!?」

紫色の花びらはみるみる赤茶けた色に変化し、バリバリ
と音を立てて崩れ落ち、葉は次々と萎れて行き、遂には
茎までがポキリと折れてしまった。

「ああ・・・花が・・・花がぁ・・・。」

僕は動揺した。自分自身気付かなかったが、どうやらこ
の花は、いつの間にか僕にとっては無くてはならない存
在になっていた様だ。

「・・・ミント君、どうしたの?」

電話の向こうのコッコも、只事ではない事に気付いたら
しい。

「あ、い、いや何でも・・・何でもないよ・・・。」

僕は辛うじてそう答えたが、襲いかかる絶望感に、いて
も立ってもいられなくなっていた。それ程までに、僕は
あの花の香りの虜になっていたのだ。

「うう・・・ご、ごめんコッコ。急用が出来た。また後
で掛け直すから!!」
「え?ちょ、ちょっとミントく・・・。」

焦燥感の余り、僕は思わず電話を一方的に切ってしまっ
た。しかし、気が焦るばかりで、それ以上どうする事も
出来なかった。

「花・・・花・・・花が・・・欲しい・・・。」

僕はいつしか、パプリが来る事を待ち望んでいた。また
パプリが花束を持って来てくれる・・・きっとそうだ、
早く・・・早く・・・あの香りが・・・欲しい・・・。

待ち切れなくなった僕は、フラフラと外にでた。すると
そこには、花摘みをするパプリの姿があった。僕は思わ
ず声を掛けた。

「パプリ!」

パプリは、花摘みをしていた手を止め、ゆっくりと僕の
方を見て微笑んだ。それは、身も凍り付きそうな程に冷
たい微笑みだった。そして僕は我に返り、ハッキリと思
い出した。これはあの悪夢の中で悪魔が見せた微笑みだ
と・・・。

「ウフフ・・・ミント君。お花、待ち切れないの?大丈
夫よ。丁度今摘み終わった所だから・・・。」

白い花の束だった。パプリはそれを抱え、ゆっくりと僕
に近付いて来た。僕は逃れようとしたが、まるで金縛り
に会ったかの様に体が動かなかった。

「ミント君、これ・・・プレゼント・・・。」

最早、最初に出会った時の面影は全く無かった。

パプリに花束を手渡された瞬間、不思議な現象を目の当
たりにした。何と、花園中の花が一斉に満開になったの
だ。一日で花の色が全て変わったり、ミツバチが巨大な
頭蓋骨を落としたりと、奇妙な現象がたびたび起こるこ
の不思議の花園でも、流石にこんな現象は今まで無かっ
た。

「じゃあねミント君。また・・・来るよ・・・。」

花園の花は、逃れられない僕をあざ笑うかの様に咲いて
いた。

(その4へ続く)



このページの一番上へ

SG物語選択画面へ

メインページへ